「子供の命守れ」とかいう前に

一ヶ月ほど前に平成20年版の犯罪白書が公表された。
のだが、一向にここにアップされない。なるべくお早めにお願いします。>担当の方


で。

【主張】女児遺体事件 地域全体で子供の命守れ

「幼児が犠牲になる事件が後を絶たない」ため「防犯対策が喫緊の課題とな」っていることと、「治安は不況になると悪化することは、統計上からも裏付けられて」おり実際に「バブル崩壊後、犯罪が激増し、一時は戦後最悪となった」ことにいったい何の関連性があるんだ。そりゃあ防げる犯罪(というものがあるのなら)は防いだほうが良いに決まっているし、2000年代の前半に戦後最高の犯罪認知件数を記録したことも事実。でも、不況で特に増加するのは「強盗」や「窃盗」だろう。まさか幼児が強盗の対象になるわけではあるまい(笑)。*1今後の景気後退により治安悪化が予想され、幼い子どもが被害を受ける危険性が高まるといいたいのなら、全刑法犯の認知件数の推移などではなく、実際に「幼児が犠牲になる事件」の数の推移を載せるべき。*2といっても「幼児が犠牲になる事件」の被疑者のおおくはその親だったりするので、記事の趣旨には合わなくなるのだが。


さて、犯罪認知件数が「一時は戦後最悪となった」ことは事実であると先に述べた。実際、以下のようになっている。(以下、特に断りがない場合、画像の出典は「平成19年版 犯罪白書」である)

「交通関係業過」「窃盗」を除くと、以下のようになる。

それまではせいぜい微増という程度であったものが、平成12年から急増しているように見える。
これには、次のような指摘がある。

その後、00年に認知件数が軒並みジャンプしているのは、警察の方針転換によるものであることが、複数の論者によって指摘されている(河合〔2004〕、42-44頁、谷岡〔2004〕、190頁、浜井・芹沢〔2006〕、24-27頁)。1999年10月の桶川ストーカー事件において適切な対応を取らなかったとして世論の批判にさらされた警察は、それを機に、市民からの困りごとへの相談体制を強化したり、市民が犯罪被害を警察に相談するように積極的に働きかけたりするようになった。

現代日本社会研究のための覚え書き――セキュリティ/リスク(第2版) - on the ground

平成11年以前と平成12年以後の変化は、犯罪を個別に見るとわかりやすい。


主観的に見て特に「不自然」な増加だと思ったもの(傷害、暴行、脅迫、恐喝、強制わいせつ、住居侵入、器物破損)は四角で囲んでみた。
「窃盗を除く一般刑法犯の認知件数・検挙率の推移」*3だと、まだ「(治安悪化による、なめらかな)急増」に見えるかもしれない。が、個別に見ていくとどうだろう。「平成12年になったとたん治安が悪化し、日本に住む人々が他者に傷害や暴行を加えるようになり、他者を脅迫するようになり、住居侵入をするようになり器物破損をするようになった」なんてことがありうるか?仮にあったとしても、画像のグラフのような増え方はいささか「不自然」ではないだろうか。
特に「器物破損」の増え方が著しいので、窃盗を除く一般刑法犯認知件数に占める器物破損認知件数の割合を計算してグラフをつくってみた。

「窃盗を除く一般刑法犯の認知件数」の増加は「器物破損の認知件数」の増加によるところもおおきい。
くわえて、包括罪種「凶悪犯」の構成要素である「殺人」「強盗」「強姦」「放火」のうち、「殺人」と「放火」には特に注目すべき増加は確認できない。


犯罪認知件数が「一時は戦後最悪となった」とはいっても、内実はこんなものだったりする。

*1:皆無ではない。6歳〜12歳を被害者とする強盗事件の認知件数は、平成19年は7件、平成18年は8件、平成17年は16件である

*2:どうしてこの手の記事(これはいわゆる「社説」だが)って注目を浴びた個々の事件を並べて「〜が後を絶たない」と印象付けることでよしとして、実際の数字を挙げることはしないのだろう?そのくせ、刑法犯認知件数が「一時は戦後最悪になった」ことには触れるんだよな

*3:「一般刑法犯」とは、刑法犯全体から交通関係業過を除いたもの